東京家庭裁判所 昭和35年(家)749号 審判 1960年1月18日
〔解説〕本件は配偶者の一方の連子の養育料を夫婦間の婚姻費用と認めた最初の審判例である。
本件審判はその理由として「夫の先妻の子の養育費は、夫婦の共同生活関係にある者のための費用であり、夫婦の一方が他方の財産権について保存管理し、あるいは身辺の世話をし、病気の際に面倒をみるのと同様に、法以前の家庭の問題として互に要請されているものであるから、その費用の分担を主としてどちらが負担するかは別として、特段の事情のない限り夫婦の婚姻費用に属する」旨判示している。
この見解に対しては「配偶者の一方の連子は他方配偶者と姻族一親等の関係にとどまるから、他方の配偶者は民法第八七七条第二項により扶養義務を設定されないかぎり子の扶養義務を負わない。したがつて、子の扶養料は子の扶養義務者たる親のみがこれを負い、他方の配偶者がこれを負うべき理由はないから、これをこの夫婦間の婚姻費用のなかに含ましめることは、本来負担義務のない他方配偶者にこれを負わしめることとなり許されない」との反論が考えられよう。
要は、婚姻費用は夫婦の婚姻生活の保持に必要な費用であれば足りるのか、それとも夫婦が互に法律上負担すべき費用に限られるかという問題に帰結する。
今後の判例の動きに注目したい。
申立人 高山幸子(仮名
相手方 高山正(仮名)
主文
一、相手方は肩書申立人方にて申立人と同居するに至る迄申立人に対して次の金員を支払うこと。
(イ) 即金一万円
(ロ) 昭和三五年二月以降毎月二五日限り一カ月金三千円宛。
二、審判調停費用は各自弁のこと。
理由
一、相手方はその先妻と所謂入夫婚姻したものである。先妻方の家業は化粧品商であつたが、昭和二三年一子道子(昭和二一年生)を遺して先妻は死亡したので、先妻の実母の意見に基いて昭和二四年二月先妻の従妹にあたる申立人がその後添となつたものである。
一、申立人と相手方の婚姻生活については、或は申立人の云うように相手方の意思による結婚ではなく、養母の意思に基く家のための婚姻であると思料される点がないとも云えないが、それにしても既に相手方との間に二男(昭和二五年生と昭和二八年生)を儲けているのであるから、相手方の云うように性格が合わぬからとて離婚できる筋合のものではない。
それに相手方は昭和二九年頃から島田香という婦人と深く交渉をもつているのであるから相手方の申立に係る当庁昭和三四年(家イ)第一二三八号離婚調停事件は申立人の離婚不承知により調停不成立として処理されたものである。
一、即ち申立人としては相手方との間に二児があるので、相手方の行状に拘らず離婚にふみきれない心境に在り、従つて、できうれば夫が島田香との関係を清算し、申立人等親子の許に帰つてくることを希望しているのであるが、目下のところその婦人と手が切れないというのであれば申立人の夫として、且又子の父親として、月約五千円程度の生活費の仕送りを求めるというのである。
一、申立人の家庭の状況は、相手方の先妻の実母(六〇才位)と、前記先妻の子及び申立人との間の子二人の都合五人家族である。相手方は入夫婚姻後、婚家の家業である化粧品店を承継して経営してきたものであり、先妻の実母は同一家庭内にて煙草小売品により収入を得ているものである。
しかし相手方が家出した後は、専ら申立人が化粧品店の経営にあたり、それと共に自分の子並に先妻の子の養育にあたつてきたものである。尚商売の方は当時合計して七〇余万円(その内には相手方が女のために使つたものもある)の借財があつたが、相手方の出奔後申立人が徐々に返済しているものであるが、申立人方の月収は煙草小売商の分と併せて一ヵ月三万円余にすぎず、従つて前記債務の元利金支払のため、借り換えなどしなければならぬ事情にあるとのことである。
一、他面相手方は前記島田香の住家(実家はバー経営)附近のアパートに居住し同所から勤務会社に通勤し、月収約一万三千円(手取)を得ている模様であるが、その収入は昭和三十三年八月家出以来専ら自己のために費消し、申立人等のため何等考慮していない。
一、右の事情であるから、申立人等の家庭では、必ずしも相手方の金銭的協力がなくては、それ相当の生活を維持することは絶対に不能であるとは考えられないけれども、相手方は申立人等を放置し殊に相手方の先妻の子の面倒までも申立人にみて貰いながら、申立人の好意と善良性に依存して安易に暮し、その収入のすべてを私消するなどのことは看過さるべきでない。
これらの事由から申立人及び相手方の子三名の生活費その他を含めて夫婦協力扶助婚姻費用の分担として、これまで一年半に亘る無責任さと、今後の分担割合を主文の通り定めて、申立人に給付せしめるを相当とする。尤も相手方の先妻の子の養育費の請求については、或はそれは、委託契約乃至は事務管理不当利得の問題であるから本件審判手続で処理される限りでないとの反論が考えられるところである。しかしながら相手方の先妻の子の養育費は相手方のみだらな遊興費などと違つて、申立人等夫婦の共同生活関係に在るもののための費用、即ち婚姻費用に属すと解する。蓋し相手方は親として前記子に対する扶養義務があるので、申立人においてその子に対する扶養義務がなく又、申立人に対して扶養義務を負わす必要がないとしても、申立人と相手方との夫婦婚姻生活においては、その子の養育に関する費用等を婚姻費用より切りはなすことはできない。尤もこの点についての費用の分担は、主として相手方の分担すべき部分のものとなろうが、それがため婚姻費用に属さないと考えるべきでない。若しこれが婚姻費用に属さないとすれば、申立人が相手方の先妻の子の面倒をみても、その費用はそれが立替支出後反論者の云うように地方裁判所に訴求しなければならぬという不都合が生ずることになる。
のみならず一面夫が妻の連れ子の面倒をみたり、或は本件のように妻が同居している夫の先妻の子の面倒をみるということは、費用負担の点は別として、夫婦の一方が他方の財産権などについて管理、保存にあたり、或はその身辺を世話し、病気などの際に互に面倒をみるのと同様に特段の事情のない限り、それは法規定以前の家庭のあり方であるから(尚民法七三〇条をこの趣旨に解し、或は七五二条の協力扶助の内容として経済給付以外を含むとの見解をとる者にとつては、法規定によるとも云えよう)、本件申立人もその例にもれず先妻の子の面倒をみること(扶養の程度に至らない労務手間の提供)を要請せられているのであつて、特段の事情のない限り申立人としては自己の子にあらずとして放置できる筋合ではない。
こうした点から考えても夫婦共同生活関係の中にある先妻の子のための費用は婚姻費用に包含すると解するを相当とするから、これら一切の事情を参酌して主文の通り審判する。
(家事審判官 村崎満)